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思い込み

先日、職場で一定時期に催される研修に参加。今年は合計3回の当たり年。欠席しても亡霊のようにつきまとうようなので諦めて素直に参加。「忙しいのに勘弁してくれよ…」と思いつつ参加した第一回目は、予想通りイマイチでした。私に実害はなかったが、講師の講義内容(座学)と、実習中における講師の言動が矛盾していたので…。「思い込みが激しいのは、貴方でしょう?」…という。

そのような前例があり、第二回目も憂鬱な気分で会場に向かった。講師は第一回目と違うものの、似たようなモンだろうと。

しかし、終わったときの感想は、「今日は良かった。」…でした。

第一回目も第二回目も、テーマは似たようなもので、簡単にいえば「発想の転換」、「思い込みを見直す」というようなもの。
第二回目の講師は、学術上の事実と実体験をメインに、講習参加者にもクイズや体験を実施し(※正直、最初は面倒だと思ったが…)、講義内容と言動が一貫していて、スッと頭に入ってきた。

その中で興味深かったものを。

「皆さんのなかで、学校の部活等で、運動中に水を飲むのを禁止されたことがある方、何人ぐらいいますか?」

(受講者に挙手をさせる。)

「マラソン大会では、給水所が必ずありますね。何故かというと、命に関わるからです。ところが、古い考えのままの人は、自分達がやってきたことが正しいんだと思い込み、部活の指導等で『水を飲むな!』とやっていたのです。そのような間違った考えで、若い学生達が脱水症状で亡くなっているという事実があります。その頃は既に、運動中の水分補給は常識であったにも関わらず、このようなことが起きているのです。幸いなことに、そのようなことは現代では滅多に起きていません。」
(中略)
「この話は、他人事ではありませんよ? もし、みなさんが『叱ったり、厳しく指導することも必要なのだ。』と安易に思っているのなら、今すぐ考えを改めて下さい。心理学の研究では、ほとんど意味がないどころかマイナスにしかならないことが判っているのです。他人の至らないところや非をみつけ、すぐさま感情的に叱ることなど、馬鹿でも出来ることです。」
(中略)
「本当の意味の"叱る"というのは、まずは相手をじゅうぶんに理解することが必要です。そのうえで、感情を出さずに相手と論理的な対話をし、最後に、相手に "一発" で分からせることです。これは、相手が子供でも大人でも同じことです。私の人生の中では(注:講師は御歳60代)、本当の意味の"叱る"を実践できたのは3回ほどしかありません。叱ること自体を否定はしませんが、本当の意味の"叱る"という行為は、それぐらい難しいものだと認識して下さい。"叱る"が頻繁に出る人は、まず自分自身を疑ってください。」

…それって、クワトロ・バジーナ(シャア)のセリフに凝縮されているような気がした。


『他人 ( ひと ) の心の中に踏み込むには、それ相応の資格が要る。』


職場の中で高齢域に突入した私。気をつけようと思いました。

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